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終わりよければ全て良し

英語では、All's Well That Ends Well
このタイトルのフレーズや結果オーライというフレーズは基本的に好きになれない、この終わりの意味が最終章のことを言っているなら抵抗はないが、それ以外ならホント都合のいい言葉にしか聞こえない。逆に終わりがダメなら全てナッシンングの方が心に響きますね。人が生きていること自体が現在進行形、これって人生?これも苦手なフレーズですね。
いくら天に徳を積んだとしても、一回でも悪行すれば一瞬でナッシング、最低の人間の謗りを受けるもの、最後だけ良くてもダメ、いくら頑張っても最後にこけたらダメ、人格完成とはまさに右肩上がり、最初より中盤、中盤より最終が一番大事だと思いますね。
長江も20代の頃は、自分が半端者の分際で、子供達に偉そうにも道を説いていました、偉人になったかなように能書きたれてました、まがりなりにも空手道の先生で偉人ぶった以上は、もう後ずさりできませんよね、師範辞めたら最大な裏切り行為で罪は重い、若気の至りでは許されません、そう自分が放った言葉通りに実践するしか道はなし、だから50半ばの今でも空手の道を彷徨ってます。言葉は重い!有言実行がすべてです。過去の指導者連中にも伝えたい、「もっと鍛錬しなさい」と。
最大の敵は我なり、空手の先生は口で教えるのではない、スキルでもない、道を厳しく歩く生きざまをみせてこそ師範、率先垂範ですね、終わりのないロードが空手道。ナルシストが多すぎる空手の先生、人に偉そうぶるより、まずは自分を磨けですね。
光春館のみなさんにはご迷惑をかけました、指導者が休んだり、遅刻をしていて何を教えれるのか、そんな奴の能書きなんか聞きたくないですよね、問題外の低次元です、長江以下、長谷川、持原、吉田に喝を入れます。これからの光春館に期待して下さい。
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交流会への思い

あいち空手道交流会が誕生し早15年、毎年9月に選手権大会を日進市スポーツセンターで開催してきた。
光春館は防具付空手を標榜しているが故に、寸止め組手には消極的であり、長江自身が交流会に距離をとっていた。
選手権大会300人規模まで成長途上の交流会に激震が走った、中枢であった会派の退会、遠巻で見ていた長江だったが、交流会存続の危機に傍観者的な立場でいることは出来ず、男気を出さざる得なかった。
長江は全空連方式の競技には全く関心なし、5年前に代表を退いたこともあり空手に対する情熱も弱くもなっていた。
昨年から道場復帰したのを契機に熱い思いも蘇り、ある男の一言「錬武会の試合は東京へ行くしかないから、寸止めの試合に出るのも仕方がない」の言葉に燃えた、そうか、だったら錬武会愛知県大会をやったろうじゃないか、そんな一言が導火線であった。初の防具付空手の県大会、大成功であった、その影に応援してくれたのが交流会の面々、ありがたい一言でしたね、同時に錬武会防具付空手にも共鳴してくれた、今度は長江が応援する時がきたなという感じで、交流会の窮地を救うのが当然の行動、3月に一回、6月からは毎月の会合で交流選手権大会存続を図った、7月の緊急総会では理事長の命を受けざる終えなかった、影でサポートするのが本意であったが断念、表舞台で音頭をとる決意をした、これも巡り合せのような気がする。
大会開催の一歩は、まず会場確保、この会場が決まらないと先には進めない、名古屋市内スポーツセンターに決定したはいいが、アリーナは月1回の抽選枠しかない現実に唖然、30人近くの申込みで挑戦し、運よく当選したのが、11月3日の志段味スポーツランドのみであった、この志段味スポーツランドが交流会の新しい会場として再出発、防具付空手にも理解を得て、本大会には一般男子防具付組手の部を新設してくれた、もう頑張るしかないですね、長江の大会像は「お祭り」です、「空手の祭典」が理想、選手も役員も観客もが一体感を持ち、みんなが感動する、余韻が残るお祭りがいいですね。判定で揉めるなんか愚の骨頂、分かりやすい試合が一番、そして迫力ですね。
愛知県で例のない交流選手権大会に育てる、これが長江の使命、武道家たちと交流の和を広げていける場、貴重な出会いの場として交流会が一翼を担って行ける、そんな根拠のない自信が自然に芽生えてますよ、よき仲間のために我を捨てれるだけの価値がありますよ、この新生「あいち空手道交流会」は!!
交流会からも防具付選手権大会へ選手が出てきてくれたら最高です、会派に縛られない交流が何とも言えないですね。
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