スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

交流試合ってなに

 本年6月15日に光春館の第15回交流試合が行われる、過去最悪のモチベーションの低さを感じるのは私だけかな?交流試合とは読んで字のごとく交流を目的とした育成の場であり、指導者や関係者、ご父兄が親睦を目的としたお祭りであったはずだが.........参加者の激減や指導者の他人事にも思える無関心さがを消化の行事にまで成り下げた、なぜ、生徒に愛情がもてないのか、なぜ、光春館に愛情をもてないのか、昨年の25周年はなんだったんだ、昨年から私が身を退いたのを契機に奮起してくれるものと信じていたからショックですよ、道場に復帰しないと終わってしまいそう。
 
  
スポンサーサイト

時の流れに逆らいながらパートⅡ

今日も先週に続き絶不調な状態で桃光に行ってきました、血行不良がかなりひどく肋間神経痛まで引き起こしている今、道場に行くのはホント自分との戦いですよ、なぜ行けるかって?行くと約束したからかな。
最近よく聞くフレーズで「英才教育」がありますが、スポーツとか習い事には当てはまっても、武道にはどうかな?厳しく、苦しい稽古の過程から自己を完成させるのが本来あるべき姿だと思いますが.......武道はしつけには申し分ないと思います、青少年の健全育成には武道が一番ですね。
天に向かって堂々と生きていけるバカ正直な人間育成が私の教育理想です、時代に逆行しているが、バカで要領が悪く、心がやさしい子供を育てたい一心で空手を教えている今、同じことを自分にも言い聞かせている。インスタント時代に遠回りの教育が私のモットー、見て、聞いて、感じて自分の力で発見していけるように導いてあげるのが指導の基本だと思います。技の種類を増やすより、基本を完成させること、有段者から習ってないという言葉を聞くと寂しくなります、習うという姿勢に問題ありです、自分で見つけるのです(有級者は習う姿勢ですよ)、道は模索し、迷いながら極めるもの。

時の流れに逆らいながら

久しぶりのブログ、何度も書こうと思いながらもう5月になっていました。
今は情報が乱発され、楽してリアルタイムで入手できる便利な時代だなあとしみじみ感じました、昨日たまたま書店へ行ったら武道の技術書系にDVDが添付されておりびっくり、価格も安価で二度びっくり。
こうも惜しみなく切り売りするものかと、武道の定義に疑問と失望を感じさせられました、今から40年以上もの昔、一人の少年が空手道入門という一冊の本を買った、少年は強くなりたい一心で一人稽古(遊び)し、書物から技術を学ぼうとしたのでした、その時買った本には巻き藁の作り方、巻き藁の突きや蹴りの仕方、突きは中段突きのみ、あとは手刀ぐらい、蹴りにあっては前蹴りのみの内容でした。あれから40数年で技術は進化して武道からスポーツ(ビジネスかも?)へと退化したような気がした、当時は空手の有段者というだけでヤクザもんが避けていたのが信じられますか?まあ実際に空手をやっているような男はスーパーマンみたいな奴が多かったからかな、だから空手道場なんかどこにもなかったし、空手人口は本当に少なかった。小学生や女性なんか一人もいなかった時代です。
これ以上長くなるとブログでなくなりますから続きは次回に書きます。最後に道場は魂を磨く霊場でなければならない!

テーマ : つぶやき - ジャンル : ブログ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。