FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

長期的な空白

更新が1年4か月という長期間の空白で申し訳ありませんでした。
この2年、保育園の開園などもあり道場への優先順位を下げてしまいました、子どもたちや一般生には失礼の極みでした。気合が足りんです、もっと汗をかかなあかんとこですが.........
今、暗雲漂う防具付空手道を危惧し、ABKF(愛知県防具付空手道連盟)と西日本には精力を使いました。
ABKFは素晴らしいメンバーで一致団結できるところまできている、西日本も勢いが一機に沸き、あっという間に着火しました。
まずは長江の最低の使命は終わったかなと思いたい、保育園もABKFも西日本も全て万全になる日は遠くない。
また、山での鍛錬の生活に戻れるかな
スポンサーサイト

今日一日

保育園が開園して1ケ月が過ぎ、やっと少し心に余裕が生まれました。地域社会への貢献と日本の未来を考えた社会福祉事業は想像の域を超えたもので中途半端な気持ちではアカンですね。滅私奉公の気持ちで向かわないとつぶれてしまいます。3月中旬からの多忙な日々、日ごとに迫る諸問題などがストレスになり体調不良にも陥ったがハードルは飛ぶためにある。こんな苦労も快感と思えば楽しくなりますね、子どもはかわいいですよ、ほんと、日本の宝です、大事に育てないと罰があたります。
4月はテレビ視聴はなし、バリバリの企業戦士みたいなものでした、20年ぶりくらいのハードな今日一日です。
※追伸:本年4月1日より、名古屋市の認可保育園を立ち上げ園長をしています、同時に社旗福祉法人も設立し、理事長も兼務しましています。目標は、日本一の保育園にすること、大言壮語かも。

2015謹賀新年

輝かしい2015年、2014年の締め大晦日に行うみそぎの滝行も9名参加。光春館イズムが着実に少しづつ浸透してきたことを感じた。
凛とした稽古もでき、道場も本来の姿に戻った、なんと3年の歳月を要した。そう簡単にできることは何もないですね、やっぱ「千日の稽古を鍛し」のとおり最低3年はかかりますね。
愛知県防具付空手道連盟(ABKF)も劇団ひとりから盟友たちとの連合体へと成長して行った、ここまでたどり着くのに3年の千日という歳月がかかった。一撃必殺を具現できる競技方式が防具付空手道であると信じてABKFを成長させるのも使命と思っている。2020年の東京オリンピックに空手が採用される可能性が高い、地味な武道としての空手が近代スポーツとして愛好者が増えていったことは喜ばしいが、本来の武道性が希薄になり競技化していくのに疑問を覚えるのは長江だけではないはず、そんな思いを抱いている仲間がABKFであり交流会であると信じ踏んばらなあかんかなと思いますよ。
空手の本道は真っ向勝負、フェイント・駆け引きは邪道、ストレートでど真ん中勝負がいい、一突き・一蹴りに磨きをかけるのが好きですね、コンビネーションなんかいらんすよ、相手の気を読み、一瞬で技を決める、そんなシンプルな空手がいい。
肉体を鍛え、精神を鍛え、そして技に行けばいいかなと思っているから試合では勝てないかな、でもいいんです、目的は自分に勝つことであり、己への挑戦であればいい、今年も厳しさを信条に鍛錬します。まだ万日までにはほど遠い、半分の五千日も稽古してないのではと思います、生涯初心を肝に命じ稽古します、ご指導のほどよろしくお願い申し上げます。

わんぱく丸出航

寒かった立春から猛暑日の夏になってしまいました。
5か月以上もおさぼりしました、では空白の近況を!
2月の16日に第4回ストロングマン杯の開催、無事成功裏で終わりました。第5回は2月15日です。
3月1日に長野県ロードレースに出場、10kmをなんとか完走、タイム的には向上なし、また来年です。
8日~15日の8日間は九州地区を探訪しました、錬武会の福岡県本部、長崎県本部、熊本県本部、鹿児島県本部をはじめ、他会派の先生方と多数の面談で西日本構想が広がり、始まりの予感。
4月27日、交流会の錬成大会開催、大阪から千唐流西岡道場が参加して頂きました、西岡先生は今後の西日本構想のキーマンといえる先生です。
5月24日、25日は中津川での春季合宿、長江の人生終焉の危機ともいえるビッグ事件発生、テレビや新聞報道にもあった恵那山遭難事故、一般生一人が遭難、超幸運な持ち主で翌日岐阜県警ヘリで救出され軽傷であり万々歳、長江の運命をも左右した事故でした。
6月6日は社会福祉法人春の風が誕生した記念すべき日、10か月の歳月を重ね公益法人が名古屋市より認可された、長江のこれからの使命は社会福祉、弱者救済の福祉で最後のご奉公します、まずは、国策ともいえる少子高齢化に着手、保育園の開園を来年4月1日にします、その開設準備に神経をすり減らしています。園名はわんぱく保育園、港区戸田川緑地に隣接した素晴らしい場所にあります、保育士はじめ職員は19名の予定、常勤保育士はほぼ揃いいよいよ出航です、夢と不安の航海が始まります。ここにたどり着くまでの日々は悪戦苦闘の連続、のんびり生きていこうと思った矢先のことで、最初は躊躇したが社会貢献の大義には勝てませんね、この業界に風を吹かせます。




今日は立春

一昨日の寒稽古も無事終わりちょっとだけの安堵、今週末の早朝稽古、来週にはストロングマン杯というビッグメインが待っている、2月は色んな意味で大好きな月です、だから2月に一番のメイン行事をもってきています。
身を引き締める寒気なんか最高ですよね、巻きストーブの火を眺め、雪の降る山で過ごすひと時は至福の時間、氷点下の生活も風情があって楽しいですね。
今日は立春、一年の始まりの日であり、今日から立夏の前日までが暦の上での春です。寒さは最も厳しい頃ですが、降りそそぐ太陽の光からは、春の気配も感じられ始めます。この時期を最高に拘り、光春館と命名した、春一番です。
立春は節分の翌日で、「春立つ」ともいい、「立春」になることを、「寒明け」ともいいますね。  
雑節の八十八夜・二百十日・二百二十日は今日から起算します。

春の気き 、立つをもってなり 一年のスタートは立春にあり!

世代交代

 先日、日本空手道誠節会四代目会長就任祝賀会に隣席しました。会場も真清田神社でとても良き日でもありましたね、栄枯盛衰は世の常です、最盛期の時代からの現状は光春館とよく似た現象、だから親近感を強く覚えるかも。百花繚乱、伝統ある会派でも分裂分派は多々ある中で、誠節会は創設40年を超える老舗会派、世襲でなく、伝統と魂いが綿々と継承されていることに敬意を表します、四代目会長は河合先生、今後の会運営には手腕を発揮することと期待できますね。来年は合同合宿でもできたらいいですね。
 光春館も7年前に世代交代をしたつもりでしたが、身を引いた長江がまた空手衣を着ている、残念なことに後継者が育てられなかった自分の罪かも、教室化した空手も2年の歳月で道場といえる代物に戻した、連合会である交流会と防具付空手道連盟も光が見えてきた、実業団へも加盟した、光春館の子供たちが未来に向かえる道は最低できたかな。
 町道場の使命は選手育成ではない、武道教育であるという信念だけは健在、根性という時代錯誤のフレーズも道場にはよく似合う、有形無形のものに大きな価値観があることを継承させていかなくてはあかんですよね。
一日も早く身を引きたいが、あと10年はかかるかな世代交代は、光春館が50年後にも存続するかなと考えます、まだ31年、100周年できる礎をしっかりと作るのが長江の仕事ですね。

再チャレンジ

実に久しぶりのブログ、半年も怠けてしまいました。1月30日の交通事故で痛めた首もようやく快癒に向かい調子がいい、やっと気持ちが前に向きそうですね。かなり後退してしまいましたから、またゼロからの鍛え直しです。
大病や怪我などすると、勝手に越えられない壁を自分の心に作ってしまう、無理は禁物が隠れ蓑となり、不完全な日々を長く過ごしたかもしれないですね。
生活環境も毎年大きく変わり退屈はない、来年は人生最大の変化が待ち受けている、あえて苦難の道を選択するのがこの男。一度は隠居しようとしたが、あと5年くらいは第一線で頑張ろうかなと再チャレンジの決意です。還暦前に国家試験に挑戦するはめになるとは想定外、いつまでもわんぱく小僧で成長がないのが武器なのかも、元気が全て、師範は生き様を見せなあかんとこが辛いですね。
文武両道を実践してこそ師範、これからも有言実行でチャレンジしていきます。

新しい世界へ

4月は不安と希望が交差するスタート月です、寒かった冬からの解放と同時に花粉の嵐に体調の管理が大変ですよね。
いかに心身をベストにするのか、特にスタートの体調管理は大切です、最初に躓くと取り返すのが難しいもんです、やる気が自然と湧くのも春のパワー、新たな一歩を踏み出す気力が生まれるものです。
長江も昨年から自然と共生する山の生活を優先したライフワークにチェンジ、山の生活は細胞を大いに覚醒しますね、本当もっと時間に余裕ができるなら自給自足の生活が一番の理想かな?
山は厳しい、昨年の冬は記録的な寒波と雪で仕事がてんこ盛り、雪との格闘で肉体労働の日々、氷点下15℃の中で鍛えられました。
振り返ればこの20年で中央道の恵那山トンネルを2000回は通ったかな、高速代で500万円は使った、根性の20年も過去のもの、これからは、まったりと生きて行きたいと思いながらも常に新しい世界に行ってしまう悪い癖、中津川市落合に武道館を造ってしまいました、何の考えもなしで行動するのがこの男、今年度は中津川がまた増え忙しい年になりそうな気配、気力の源は美味しい空気と水、希望の光だけで頑張っていけます、年度末の自分の変化が楽しみですね、何を思っているのかな?この男。

あれから31年

本日3月3日、三年前からの恒例行事の伊那ロードレースに参加した、交通事故のムチ打ちもあったので少し不安もありましたが無事完走ってとこかな、余韻なし、あるのは敗北感と自己嫌悪、来年こそはと思いつつ成長なし、ただ年齢は全くきにしてない、進行形が長江のモットー、これからが勝負って感じですね。
昭和57年3月10日は道場発足記念日、来週が31周年の日、10周年が最後の演武、丸20年の空白を感じてた昨年であったが、今年からは新しい一歩を踏み出す気概が蘇り肉体改造はもちろん、真剣に奥義を求めて行くスタートにしたいですね。光春館も歴史だけで伝統が共わない道場では恥ずかしい、まずは愛知県一番を目標に、厳しさ、会員数、競技での強さなどをトータルにアップさせるのが急務に思える今日この頃かな。
生涯初心が基本、歴代の後援会長(高田千代治様、齋藤喜久治様、加能信男様)、相談役(鈴木義男先生、長谷川武先生、林順一先生)を初め多くの後援者の皆様に御返しをするのは武道教育しかない、32年目に向けての心の雄叫びです。

体罰

スポ根アニメ全盛期だった昭和の時代には、今社会問題に発展している体罰は少なからず肯定されていた。努力と根性でひたむきにスポーツに取り組み、あらゆる艱難辛苦を乗り越えて選手としての能力向上への努力を続けるそのプロセスを美徳とし、試合結果の勝利以上に価値のあるものと位置づけ、これを主眼に描くストーリーがスポ根(スポーツ根性)、だから当時の子供たちは暴力的なしごきにも多少なり免疫があった。
今振り返ってみても部活は辛かったですね、先生にしごかれた経験はないが、先輩やOBのおもちゃかな、クラブハウスやトイレでの暴力沙汰なんか日常的で困ったもんでした。体罰とは別次元の世界です。
根性があれば、如何なる問題も解決できる、無理なことでもとりあえずは死ぬ気で努力しろと鬼監督がいた、だから根性を出しているというポーズを見せることが、日本のスポーツ界にいまだにはびこっている悪習。
指導者が医学的知識も根拠もなく、理不尽かつ暴力的な加虐行為を繰り返す、健康被害を訴える人が続出し、管理責任を問う裁判が起こされるなどの社会問題になっている今日、もう暴力で支配する時代ではないのにね、時代錯誤ですよ。今の子どもは、しごきに対する免疫がないから自殺までへと発展していってしまうのかな、戸塚ヨットスクールでは何人死んだ?いくら良い指導でも死なせたら犯罪、厳しい精神論は時には必要かもしれないが、正しく心身の成長をサポートしてあげるのが空手の師範。勝利至上主義は武道には必要ないです、空手の動きが体罰そのもの動きに近い、とくに防具付空手は実際に当てられ痛みを知る、痛みの中から相手への思いやりが生まれるものと確信しています、見た目とはうらはらで安全性は高いですよ。

年頭所感

2013明けましておめでとうございます、正月の風物詩は箱根駅伝ですね、まず走りましょう!
小学生の時から40年近く元旦は走っていたが、50代になってからは走ってない、反省からのスタート。
今年は光春館の31周年、長江も光春館も飛躍という所までは成長してない、まずは足元をしっかり地に降ろし、確固たる稽古を継続することが課題ですね、シンプルでクラッシックなのが稽古。
まさか、師範に復帰するとは予想もしなかった、光春館崩壊の危機が導いてくれた賜物かな?空手界には嫌気がさしウンザリていたが新しい出会いを楽しみに頑張るしかないですね、生活の基盤も信州伊那に変わり、冬は自然との闘いの日々、毎日雪景色の中での生活は人間を鍛えてくれますよ。ネックは伊那と春日井の移動時間、惜しい。
2013は鍛錬道場のネーミングが似合う春日井武道館にしたいですね、空手だけに止まることなく、他の格闘技や武道、アスリートたちにも支持、目標にされるのが究極の目標、壮大ですね。
光春館もここ2年の歳月で道場らしく変わりましたがまだまだです、長江の20年ぶりの再登板でついてこれない者も多々いたことは残念だが、一度スリムにしないと良質な筋肉は作れない、道場は鍛錬の場所でありたいという思いが強いから仕方ないですね。早朝寒稽古も復活し、伊那の山頂での滝行は究極です、甘えの払拭する理想郷。
一般部は生涯武道の空手を、少年部には武道教育の空手を推し進めていくことが青少年の育成、微力でも社会に貢献することを肝に命じ2013年も精進します。

大会所感

10月、11月と続けて大会があり、意に反し競技を少し意識した稽古をしてしまった。競技となれば限られた技のみの攻防で、倒す技がかなり制約されてしまう、スポーツとしては大いに評価しているが本音はお祭りである、楽しむための空間ですね。
空手のスタイルは多種多様、伝統派、フルコン、硬式などと大きく分かれ、中には総合格闘技のような空手の団体もあり、大会のルールも様々な今の空手界。
光春館は全空連錬武会、もろ伝統派の団体、防具付の空手でも硬式空手とは違う。競技スタイルが違っていても稽古のスタイルは同じでなければならない、稽古は鍛錬であり、基本をしっかりやり、体を鍛え精神を磨く、その先に組手であり、形があると思う。光春館の稽古は厳しいという人がいますが、あの程度では全然厳しいとは思えない、あんな厳しい稽古に参加しているのに試合で勝てないと誤解している人もいる。たった週二日程度の稽古、時間にして2時間弱、競技の動きの稽古はしない、大会そのものが稽古の一環としてとらえている。個人の挑戦、育成という面や交流を深めることでは、大会はまことにいい存在ですね。
今大会の一般男子組手は出場者も多く、寸止めも防具付も盛り上った、寸止めと防具付の種目を同じコートで見れる大会は面白い、基本的には寸止めも防具付も同じ動きである、当てるか当てないか、ただそれだけの違いのみ、ともに一本勝負、緊張感がいい、でも審判が大変ですね。頭が下がります。
長江の理想は、技は一撃必殺、駆け引きなし、フェイントなし、打ち合いなし、ピストルには弾は一発のみの戦いがいい、理想は高く持たないとね。

18回目の春季合宿

平成7年5月3日から二泊三日の合宿が伊那スポーツハウスでの第1回の合宿、あれから17年、GWの恒例行事も数年前から5月中旬に変更となり、二泊の合宿も一泊に縮小されトーンダウンになりそうな気配を感じ、この先を案じたものでした。
光春館が唯一負けない誇れるものが合宿で鍛錬すること。どこの道場より厳しいことを目標にしていたが、厳しいから参加しないというな情けない空気も漂わせていた、また原点に戻り二泊にしたいものだ。
自然の中で鍛えようがキャッチフレーズ、メインは山歩き、鍛錬ロードを何度も歩き、走り、武道館ではあざができるまで受身をし、基本を見直す。通常の稽古の補足がメイン。そして夜は楽しい勉強会、今回はかなり盛り上がり真夜中の3時まで特訓してしまった。寝不足も合宿の花、まさに二日目はしんどいがこれも鍛錬、一体感が生まれます。年に3回合宿をしているが、春季合宿が一番厳しい鍛錬合宿、死ぬまで継続したいと思うのは長江だけかな?突き蹴りよりも大切なものが鍛錬ロードにあり、山頂での座禅や立禅の快感を知ってもらいたいですね。まずは踏み出すことが最初の一歩です、スポーツハウスもパワーアップしました、どんな稽古もでききる環境が整っているトラの穴、鍛えてくれますここは鍛錬道場、難点は虫たちのみ、いつでもウエルカム。
また再来月の7月中旬は夏季合宿、こんどはジュニアを対象とした内容だから鍛錬より大変かもね、合気道や他団体との合同になります、また夜が楽しみですね、熱い炎はいつまでも持ち続けたいですね。継続はパワーですね。

最終コーナー

今月31日をもって34年間のサラリーマン生活にピリオドを打ちました、引き金になったのは長男の不祥事、もう迷惑はかけれないという思いと最後くらいは自由に生きたいという我侭ですね。三足草鞋に限界を感じたから価値観の低いものを削除したかもしれない、サラリーマンは気楽な稼業だったんですがね、最近はハードですね。
光春館は30年、春日井武道館は21年、伊那スポーツハウスは16年という歴史に対して失礼な思いがしてきた、もっと大切にせなあかんぞとしみじみ感じたからこそ決断できたんです。しがみつく生き方は性に合わない、ポジティブに生きてこそ武道家、大病を乗り越え、借金地獄にも打ち勝った今、純粋に信州の山男「与作」になります、中途半端だった空手にも真摯に向き合える環境ができそうです、まさに真の武道家を目指しての最終コーナーですね。「いつまでも闘魂」と「生涯初心」が長江の支柱、まだまだ社会貢献が低いです、光春館で今以上社会貢献できるためにも心身を鍛錬し、人格陶冶をしなあかんですね。
長江同様に春日井武道館も今年大きくリニューアルします、愛知県一の道場に変貌しますよ、夢空間多彩な色んな業種にも挑戦して行きます、館長も復活です。
武術も登山も弓道も太鼓も陶芸にも挑戦です、自由人の真骨頂ですね
あくまでも基本は武道教育に寄与して行くこと、世の中の役にたつかな?これからの長江に期待して下さい。

お祭りの後に

昨日は第2回愛知県防具付空手道選手権大会、今年一番の思いでの深い一日でした、明けの勤務から一直線で守山スポーツセンターへ、感動のプロローグ。
光春館のために頑張らなければならない立場なのに、いつも他会派のみなさんに喜んでもらいたいという心が常に優先してしまう、防具付選手権大会をどうやって盛り上げ権威あるものに育てていかなければという思いが強いからね。
大会は感動がないと疲れる、一瞬で勝負が決まる緊張感とスピードとパワーを駆使した攻防が防具付の魅力、やっぱ一般有段は見応えがあり観客を魅了しますね。関係者だけの感動では淋しいですよね。
和の音楽、打雅奴の和太鼓も感動で魅了してくれ喜んでもらえたかな、会場全部を巻き込んだお祭りを目指したいですね。
どうしてもプロデュースの立場が優先、指導者失格です、光春館が選手ゼロでもやり続ける根性でいます、パブリックなものに私的な心は邪道、同志がいれば頑張れます、早く出場費無料にしたいですね。
第2部は金山の素材屋で打ち上げ、多くのみんなで大会の余韻を分かち合えた宴、今回のメインは遊愛会中山師範の記念すべき還暦を打ち上げの良き日に祝えたことが最高の喜びであった、長江の正真正銘の盟友、男を強く感じます、感無量の一言、幸せですね。
お祭りは準備が大変、準備が大変なほど感動も大きい、感動を共有できる仲間は宝物、長江は好きですね、お祭りが。

継続はパワーなり

本日から3日間の寒稽古、今朝の気温は5:40市役所で-2°の標示、日の出前の眠りから覚める静寂な時間。
6:40には日の出を拝める最高な時間に身を引き締める寒稽古は武道の真骨頂、一年で最高に鍛錬ができる季節ですね。
光春館は寒稽古や合宿を通しての鍛錬に最大の趣を置いています、強い心は辛い稽古の継続で保たれます、この寒稽古だけは言い訳できません、生涯武道を目指すには欠かせないイベントです、強さは貯蓄でません、方法はただ一つ、厳しさの継続のみ、白帯も先生も、子供も大人も関係ないですね、いつまでも闘魂です。大会や審査とかでしかモチベーションを上げれない人は淋しい、無形のものに価値観があるんだが・・・
ライバルは過去の自分、去年参加しても今年休めば後退です、去年の自分に負けたんです、チャンスはあと2日あります、今年のモーレツ寒波は天からのご褒美です、粗末にしてはアカンですね。鍛錬せなもったいない、辛いのは一瞬です、その後の気持ちよさを共有しましょう。

2012 謹賀新年

新年、明けましておめでとうございます。
初詣はもう行きましたか?
いつまでも闘魂の皆様にとって、
幸多き健康な一年となりますよう心からお祈り致します。
2012年も光春館をよろしくお願いします。

みんなのアンテナ(ヤフー知恵袋)より抜粋

父・母・私・小2の息子とで、回転寿司に行き、隣のテーブルに座っていた家族(父母、6才?の女の子、4才?の男の子)、息子が椅子の上に立ったり、 店の中を走ったり、騒いだりしても怒らず、親は黙々と御飯を食べ続けていました。案の定息子が奇声をあげたので、私の父が耐えれず、「静かにしてね」と男の子に注意をしたら、男の子の父親が、「注意してるだろうが!!子供なんだから仕方ねーだろう」とか逆切れした挙句、「てめーの根暗息子の様に静かに出来ねーんだよ!!お葬式の様に静かに喰えってーのか」など暴言をはきちらかし、それに怒った父は席をはずし、残された私達は、黙って食べていたにもかかわらず、父がいなくなったのをいいことに、 更に暴言を吐かれ、さすがの私も怒鳴り返したんですが、「欲求不満なんだろうが!!」などと暴言を吐かれ、とっとと喰って帰れとまで言われました。 暴言親父の奥さんは、知らん顔です。どう思いますか?
以上が知恵袋での質問でした、これに近い人が結構いますからテーマにあげました。

一言で親の常識を疑う、マナーがゼロ、そのような傍若無人な親や夫婦には稀にですが遭遇しますね。親の都合で深夜までファミレスや居酒屋まで幼児を連れ歩く親を見ます、勘弁してですよ、もう世も末です。道徳教育の欠如が如実に現れるシーンです、注意したら間違いなく喧嘩になります、恨みを買う、負の連鎖。その子どもたちが将来どんな人間になるかと思うと不安になりますよね、間違いなくワルの英才教育。だからこそ、道場では礼節を厳しく、鍛錬を重視し、良識ある子の育成が使命と受け止めます、唯一の社会貢献が武道教育。でも問題は大人であり、親の意識の低さが子供をダメにしている、ストレス社会を形成させている要因と思います、心療内科が増えますね。

女性の空手

女性の社会においての台頭はすごい、男尊女卑の終焉から生きてきた長江には驚きな今日この頃。女性天皇、女性総理大臣も近い将来にあるのかな?男女平等どころか女性上位の時代ですね、男が泣く情けない時代です、弱い男が多すぎますね。
ホント女性は強くなりましたよね、肉体的にもね。格闘技の世界でも強い女性が増えました、女性の空手は花がある分だけ華麗に映ります、形なんかは男がやるより絶対いいですもんね、まさにシンクロの世界ですね、皮肉の意味で....光春館では形のウエートが低い、立ち方も握りもろくにできない奴が形を打ちたがる、目的が形を上手くなることでは如何なものか?空手が強くなるための形稽古が変な方向に向いている、形で優勝しても組手が下手とは信じがたい、先人が人目を忍んで稽古した技法が形だと認識している、しかし、わかしゃち国体で生で観た本物の形稽古は美しく感動を覚えました、彼女たちの稽古量は組手選手より確実に多い、特に筋トレを重要視している、美しさとは力強さと比例するんです、拳立て100回くらいは余裕、逆立ち拳立てはできるのかな?長江も2年かけて筋力が半分くらいまでもどり、いよいよ逆立ちの領域に近づきました、60歳になったら形にも真剣に取り組みたいと思ってます、日の入りと同時に形を打つと気持ちがいい、まさに生命の息吹の瞬間。理想は道場稽古が週3回以上なら形稽古も体系化したいが、現実的には無理かな。やはり組手は空手の命、形は組手のための稽古法、一人稽古の領域。大切なことは、柔軟、基本、筋トレ、組手をしてから形だと思います、女性は丹田の弱い人が多いから、まず腹筋からですね、試割りも大切、女性だからと逃げないように、都合が悪くなると女を口にするのは狡いんじゃないですか。根性は男より女性のほうがありますね、長江にボコボコにされても向ってきたのは圧倒的に女性の方が多かった、まさに女性強しです。一撃必殺に男女の区別はないですね。なんにしろ女性の空手は美しくて恰好いいです、空手界も男が頑張らなアカンです。

お祭りのあとに

あいち空手道交流選手権大会というお祭りが無事に終わった、黒子に徹した甲斐もあり皆さんに楽しんでもらえたような気がする。大会のレベルは昨年には及ばないが、和を重んじる交流会ならそれもOKかな、錬武会空手を披露できたことは長江にとってはラッキーだった、団体戦も予想外に盛り上がりお祭りらしさも作れた。
この大会は知事賞が4、県議長賞が4つも頂いてる権威には驚く、たぶん愛知県でトップの大会になっている、だから辛かったですよ、この賞の価値を下げさせてはあかんという思いが一番のネックでしたね。
防具付は谷口がとると予想していたが、石山が形、組手のダブルで知事賞とはビックリの一言、運が最高にあったね、貢献力はナンバー1だから運も味方したのかな、光春館が知事賞3つも頂いて申し訳ない、遊愛会や集心会に分けたい気持ち。
今年は生まれ変わるための谷間の大会、来年は今年のバージョンアップ版、防具付種目の増設と試割の部の新設、アトラクションで和太鼓やフラメンコなどの演舞を導入し、お祭りらしく育てていきたいですね、参加者が楽しみにできる祭典を目指していきます、そんな大会があってもいいんじゃないですか。
年に2回も防具付大会が近場で開催できるなんて最高です、交流会に感謝です、古巣直心流会との再会もありがたいです、空白を感じさせない旧友連中に感謝します、大会が結びつけてくれました、グッドな文化の日であった。

終わりよければ全て良し

英語では、All's Well That Ends Well
このタイトルのフレーズや結果オーライというフレーズは基本的に好きになれない、この終わりの意味が最終章のことを言っているなら抵抗はないが、それ以外ならホント都合のいい言葉にしか聞こえない。逆に終わりがダメなら全てナッシンングの方が心に響きますね。人が生きていること自体が現在進行形、これって人生?これも苦手なフレーズですね。
いくら天に徳を積んだとしても、一回でも悪行すれば一瞬でナッシング、最低の人間の謗りを受けるもの、最後だけ良くてもダメ、いくら頑張っても最後にこけたらダメ、人格完成とはまさに右肩上がり、最初より中盤、中盤より最終が一番大事だと思いますね。
長江も20代の頃は、自分が半端者の分際で、子供達に偉そうにも道を説いていました、偉人になったかなように能書きたれてました、まがりなりにも空手道の先生で偉人ぶった以上は、もう後ずさりできませんよね、師範辞めたら最大な裏切り行為で罪は重い、若気の至りでは許されません、そう自分が放った言葉通りに実践するしか道はなし、だから50半ばの今でも空手の道を彷徨ってます。言葉は重い!有言実行がすべてです。過去の指導者連中にも伝えたい、「もっと鍛錬しなさい」と。
最大の敵は我なり、空手の先生は口で教えるのではない、スキルでもない、道を厳しく歩く生きざまをみせてこそ師範、率先垂範ですね、終わりのないロードが空手道。ナルシストが多すぎる空手の先生、人に偉そうぶるより、まずは自分を磨けですね。
光春館のみなさんにはご迷惑をかけました、指導者が休んだり、遅刻をしていて何を教えれるのか、そんな奴の能書きなんか聞きたくないですよね、問題外の低次元です、長江以下、長谷川、持原、吉田に喝を入れます。これからの光春館に期待して下さい。

交流会への思い

あいち空手道交流会が誕生し早15年、毎年9月に選手権大会を日進市スポーツセンターで開催してきた。
光春館は防具付空手を標榜しているが故に、寸止め組手には消極的であり、長江自身が交流会に距離をとっていた。
選手権大会300人規模まで成長途上の交流会に激震が走った、中枢であった会派の退会、遠巻で見ていた長江だったが、交流会存続の危機に傍観者的な立場でいることは出来ず、男気を出さざる得なかった。
長江は全空連方式の競技には全く関心なし、5年前に代表を退いたこともあり空手に対する情熱も弱くもなっていた。
昨年から道場復帰したのを契機に熱い思いも蘇り、ある男の一言「錬武会の試合は東京へ行くしかないから、寸止めの試合に出るのも仕方がない」の言葉に燃えた、そうか、だったら錬武会愛知県大会をやったろうじゃないか、そんな一言が導火線であった。初の防具付空手の県大会、大成功であった、その影に応援してくれたのが交流会の面々、ありがたい一言でしたね、同時に錬武会防具付空手にも共鳴してくれた、今度は長江が応援する時がきたなという感じで、交流会の窮地を救うのが当然の行動、3月に一回、6月からは毎月の会合で交流選手権大会存続を図った、7月の緊急総会では理事長の命を受けざる終えなかった、影でサポートするのが本意であったが断念、表舞台で音頭をとる決意をした、これも巡り合せのような気がする。
大会開催の一歩は、まず会場確保、この会場が決まらないと先には進めない、名古屋市内スポーツセンターに決定したはいいが、アリーナは月1回の抽選枠しかない現実に唖然、30人近くの申込みで挑戦し、運よく当選したのが、11月3日の志段味スポーツランドのみであった、この志段味スポーツランドが交流会の新しい会場として再出発、防具付空手にも理解を得て、本大会には一般男子防具付組手の部を新設してくれた、もう頑張るしかないですね、長江の大会像は「お祭り」です、「空手の祭典」が理想、選手も役員も観客もが一体感を持ち、みんなが感動する、余韻が残るお祭りがいいですね。判定で揉めるなんか愚の骨頂、分かりやすい試合が一番、そして迫力ですね。
愛知県で例のない交流選手権大会に育てる、これが長江の使命、武道家たちと交流の和を広げていける場、貴重な出会いの場として交流会が一翼を担って行ける、そんな根拠のない自信が自然に芽生えてますよ、よき仲間のために我を捨てれるだけの価値がありますよ、この新生「あいち空手道交流会」は!!
交流会からも防具付選手権大会へ選手が出てきてくれたら最高です、会派に縛られない交流が何とも言えないですね。

あれから二年

永い闘病生活から一人稽古を再開して早二年、最近は道場での指導が増え、自分の鍛錬の時間が減ってしまった。だが光春館は大きく変ったと思う、やっと道場に厳しい空気が戻り、背筋が伸び、柔軟も筋力もアップしてきている。
道場が気の充填場でなければ意味がないというフレーズは口癖になった、道場はサークルでもクラブでもジムでもない、汗を流し、魂を磨く霊場。頭を使う稽古は一人稽古で十分です、本音は単純なことを繰り返し練り上げていくだけでも十分じゃないかとさえ思っている、基本稽古だけで十分と思っている、組手も形もミットなんかいらない、基本稽古でけで十分強くなれます。だいたい拳立てや股割りができない輩が黒帯を締めていることが大問題、意味のない形を覚えるより、拳立て100回ぐらいを目標にしたほうが強くなれます、丹田を鍛えずして武道はありえない、逆さ吊りからの腹筋ぐらいはできてほしい(光春館では二人か三人かな)。昨日の一般部稽古もよい雰囲気で鍛錬してました、一心不乱に打ち合う、蹴りあう、魂のぶつかり合いがあり気持ちいい稽古、シンプルイズベストが空手稽古。プロ格闘技集団の自衛隊とわたりあえるようになれる日も遠くない。

組織

空手の集団は、思想や技法などの相違から組織の形成が難しい、連盟、協会、連合、交流会などとさまざまに存在しますが、純粋に青少年の健全育成や武道性を目的としているなら、頂きは同じはずなのに調和できないのが現実、なぜ?どうして利害関係が発生するのか愚かしい、ヤクザもんの世界じゃないんだからとさえ思えてくる。
長江も18年前に所属していた会派から離れた、無所属のときに錬武会の理事長とのご縁で、全国ネットの錬武会にお世話になり愛知県本部の認可を受けた。なぜ、錬武会を選んだのか、そこには純粋に空手を修練する武道魂を感じ、古来のアマチュア団体であったからです、幹部は一刻な人ばかり、時代の流れに着いていけないアナクロ人間の集団がまたいいですね。全空連の協力団体でもHPすらみすぼらしい、老舗会派であっても営業、商売下手のところが好きです、だから長江にはマッチしてます。防具付空手道を普及発展させることは使命だと思っていますし、直接打撃で迫力は申し分ない、この空手を育てたいですね。自己満足な組織や道場ではだめですね、己を捨て、未来ある子供のための空手をしないとアカンです。どうも、空手の先生になる動機が不純に思える、教えることが趣味ではね、教える時間があるなら自分の稽古をしろよ、昔の空手の先生はポイントしか言わなかったし、間違いなく生徒より稽古してた、なんにしろ先生が多すぎます、本来の組織ではありえないですね。

師範とインストラクター

タイトルの師範とインストラクター、なんとなく違いが分かりますよね、武道と格闘技の違いと同じように思えますが、かなり相違があります。武道の世界だけではなく、お茶、お花、着付けの世界でも大先生のことを師範と呼んでますよね。一芸に秀でて、人としての大きさも兼ね備えている先生の代名詞が『師範』だと思います。
武芸の世界や空手以外の武道では、早くて40歳代、一般的には50歳代にならないとなかなかたどり着かない崇高な称号。我が全空連錬武会では、四段以上で中央本部が認めた者のみが師範、師範で四段と五段は錬士、六段と七段は教士、八段は範士という称号もあり、居合い、弓道、剣道も同様みたいです。
光春館では正規な師範は長江一人、今は組織上の都合で二段や三段拳士の中で師範と呼ばせている者もいます、道場責任者が指導員では対外的にどうかなという観点からの考えです、他会派では20歳代でも師範が存在するし、30歳代の高段位(五段)もありです、信じられない世界が存在するのが空手界、師範って簡単になれるものなの?認可なしで道場はお輿せるし、勝手に先生になれるところが恐ろしい。
最近の長江は柔術の稽古にも参加してますが、そこの柔術の先生は、修行歴20年で五段、でも師範はおろか先生とも呼ばれないです、ただのさんづけ程度、それも如何なものか?そこの柔術は七段から師範になるみたいです。やっぱ師範という称号は重いですね、感銘します。
長江もまだまだ本物の師範の域にはたどり着かないです、技も心もだめだめです、もっと厳しい修行を課せないとあかんですね...。鍛錬というフレーズが自分の空手であり指針、競技のスキルは苦手だし、好きではない、魂を磨いてあげるのが師範だと信じてます、技の切り売りはインストラクターに任せましょう。たとえ10人程度の生徒でも、一緒に鍛錬し、汗を流せた方が幸せを覚えます、さて生きがいはどっちかな?

秘伝

武術においては秘伝が本来の姿、形はなくても技法と魂が綿々と引き継がれるところがいいですね。
武術の技術書もDVDもない世界に新鮮なものを覚える、見方を変えると今の空手は汚染されているのではないか、
努力せずノウハウを簡単にゲットできるスポーツ、切り売りする会派も後を絶たない世界、まっこと合理的なスポーツですね。ニーズが多いからビジネスとしても成り立つからあかんです。
過去を振り返るのは長江のポリシーではないが、光春館を消滅させてはあかんという一瞬の心が道場に復帰させた、時期尚早でまだ動けない現状だが熱いハートは少年に戻ったようです。そんな思いで稽古で汗を流し、「誠実は何物にも勝る武器である」を信条に週2回の指導もしている、道半ばで頓挫した空手道を少年に戻って秘伝を探求し始めた、20年近くも無関心であった、基本からやり直しです。
過去を食べる人は壮年、現在を食べる人は青年、未来を食べる人は少年、中高年よ、少年になれ、これは米・大統領 J・F・ケネディの言葉、永遠の少年でいたいですね。
武道の根底であった武術に心が向く、温故知新です。合気道の塩田剛三、大東流の岡本正剛、柔道の木村政彦、達人たちに興味が湧く、まさに少年が夢を追う境地ですね、秘伝を探し求めて動き始めました、命のありがたさに感謝し、最強の60歳を目指してね。

総合格闘技

先日、スポーツセンターで柔術の練習を偶然見てしまいました、若者が多いですね、柔軟性と筋力の高さには驚かされます、技術も実戦そうろうです、同じスペースでカポエイラや合気道も稽古していて奇妙な光景でしたが燃えますね。
総合格闘技、通称「総合」で知られるほどの存在になった、総合の登場が格闘技界を大きく変えたのでは。
20年前なら空手も強い格闘技のイメージがあった、ヤングマンが空手に殺到していたのは昔話、今の若者は総合志向、うちの会社でもヤングマンたちは総合の道場に行っていますよ、悲しいですが空手には興味がないみたいです。なぜ?総合の方が強いからですね。
空手の愛好者は子供と中高年者が主流、簡単に習える手軽なものになってしまったのが寂しいですね、青少年の育成は素晴らしいことだが、武道の実戦性と精神面を置き去りにしていませんか?
空手が競技志向になり強さを失った、総合には勝てない、キックにも勝てないだろうと思いますよ。問題は稽古方法と稽古量だけです、空手家は稽古量が断然少ないし、競技主体の稽古方法では勝てないですね、健康のためにしているのなら十分です、生涯続けるなら健康法も大切なことだが、格闘技の側面を捨ててはいけない、そんな強い思いがこみあげてくるのは変ですか。40年前、一世を風靡したキックの鬼「沢村忠」も空手家として、毎日稽古を欠かさないそうです、いつまでも闘魂ですね。

親子空手

3月11日、車中で揺れを感じたあの瞬間が、戦後最大の災害に発展しようとは誰も想像しなかったと思う。
未曾有の展開に安易なコメントは出来ないが、せめて義援金が今の光春館にできること、一般部社会人の面々は万単位の高額な献金をしてくれた、優しい奴らです。人として素晴らしいです、嬉しい限りです。
では、タイトルの親子空手に...今、親子空手は花盛りですね、光春館にもなん組もいます。メインは子どもなのか親なのか、子どものために始めた空手が生きがいになるケースが多いですね、光春館での親子空手第1号は、20年前の長江が最初でした、残念にも三人とも中学生まで、誰も黒帯までたどり着かなかった。空手より、部活で球技を選択してくれたが、親父の壁はまだまだ乗り越えてないですね。
息子たちには、もう肉体的に勝つのは無理だろう、だが空手は永久に負けない気概でいますよ。今は一緒に稽古してなくても生涯親子空手ですよ、いつの日か拳で語れる日を楽しみに日々鍛えてます、絶対に負けられない相手が息子です、親父はジジイになっても強くないとあかんです、絶対にね。厳しさを教えるのが親であり、指導者の務めだと思いますよ。甘い道場なんて話にならん、道場訓は飾りじゃない、実践するもの、また自分に喝ですね。

アスリートと武道家

タイトルのアスリートと武道家、日常よく聞くフレーズですね。スポーツセンターに置いてある体組成計にも、選択モードにはスタンダードとアスリートに分かれており、自分はどっちかな?なんて思ったりもしたりして....この機械でいうアスリートとは、毎日6時間以上の運動をしている人らしい、プロの人たちでした、長江は論外でした。なるほど、そのくらいのレベルの人をアスリートというのか、残念なことに周りには誰もいない。
間違っても武道の競技選手をアスリートとは言わない、当然ですよね、アスリートなんて格好良すぎます、では重く「武道家」とは?これまた残念、周りには誰もいない、そもそも武道とは文明開化のなかで武術のイメージを払拭するために作られたもの、武術の殺傷・制圧する技法に道(思想、精神、哲学)の側面が加わったものですよね。だから武道家とは強いだけではなく精神修養・鍛錬を修め、社会への奉仕ができ、かつ正義の味方、そしてわずかながらも自己の犠牲を惜しまない人でしょうかね。現実社会に実在するかな?
そんな壮大なものに向かって稽古するのも大事ではないですか。
アスリートも武道家にもメタボは存在しないですね、まずは毎日1時間の稽古ができる男になりたい、ですね。

謹賀新年 2011

新年あけましておめでとうございます、本年もよろしくお願い申し上げます。
皆様のご多幸を心よりお祈りいたします。

2010年は稽古初めから始まった変革と浄化の一年、小泉さんじゃないけど「改革には痛みが伴う」と言う言葉通り、教室化した光春館に喝を入れた、長江の登場で雰囲気が急転したことと思います。
子供たちには躾けができての空手を、技なんかは二の次でいい、大人には克己の心を、試合は二の次、一番大切なものが置き去りになっている。自分を追い込こみ、そこで自らの弱さに打ち勝つのが本来の稽古。光春館の軌道修正ができたかなと思っています。
2011年は、未知なる可能性に思いを馳せ、内なる自分とじっくり話し合い「真理」に行き着けたらいいなと期待してます。まずは、早朝寒稽古、そして最大イベントの防具付空手道の県大会、この日から大きく変わると信じ、楽しみと少しの不安が心を動かす。未知なる道の第一歩、光春館の30年目は成長の年になりますよ。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。